※2026年2月28日時点の情報をもとに投稿しています。

 

タンカーが止まる日、運賃が4倍になる日

2026年2月28日、米国とイスラエルがイランへの攻撃を開始した。

その2日前、ひとつの数字がひっそりと市場を駆け抜けていた。

大型タンカー(VLCC)の運賃が、年初からわずか2カ月で4倍近くに跳ね上がったのだ。

 

すでに始まっている「静かな混乱」

戦争は28日に始まった。しかし海運業界の緊張は、もっと前から始まっていた。

2月3日、イラン革命防衛隊の小型艇がホルムズ海峡で商船に接近し、威嚇行為を行った。

これを受け米政府は2月9日、米国籍船に対し「イランの領海から可能な限り距離を取るよう」正式に勧告を発した。

保険市場はすぐに反応した。戦時追加保険料が発動され、この海域を通る船のコストは一夜にして跳ね上がった。

2月26日には、韓国の海運事業者やサウジアラビアの石油輸送大手が3月積み込みのVLCCを一斉に押さえ始めた。

「今のうちに確保しておかないと、通れなくなる」という本能的な判断が、運賃をさらに押し上げた。

 

今後、何が起きるか

海運業界で想定されるシナリオは、大きく3つに分かれる。

シナリオ①:緊張が続くが、海峡は開いたまま

最も可能性が高いとされるケースだ。イランは封鎖に踏み切らず、「威圧」を続ける。

この場合でも、戦時保険料の高止まり、船の迂回・待機によるコスト増、運賃の高騰は続く。

消費者が感じる影響は「ガソリン代と物価の微増」という形で静かに広がる。

 

シナリオ②:ホルムズ海峡が部分的に機能停止

イランが一部海域を封鎖、または船舶への妨害を激化させるケースだ。

2023〜2024年の紅海危機では、フーシ派の攻撃によって通過船が約50%減少した。

ホルムズ海峡でこれが起きれば、影響は桁違いだ。

なぜなら紅海と違い、ホルムズ海峡には迂回路がない。通れなければ、その石油は届かない。

このケースでは原油価格が15〜20%上昇し、タンカー運賃はさらに急騰する。

 

シナリオ③:完全封鎖

最悪のシナリオだが、専門家の多くは「確率は低い」と見ている。

ただし、起きれば影響は甚大だ。

世界の原油供給の2割が途絶し、原油価格は1バレル100ドルを超えるとも言われる。

世界経済は連鎖的に揺らぐ。

 

日本にとって、これは他人事ではない

日本は原油の約95%を中東から輸入し、そのほとんどがホルムズ海峡を通る。「代替ルート」はほぼ存在しない。

ガソリン、電気、食品、工業製品──日本の製造業とライフラインを支えるエネルギーが、この50kmの水道に依存しているのだ。

海峡が詰まれば、日本はエネルギーの「入口」を失う。

さらに、日本の海運大手3社(日本郵船・商船三井・川崎汽船)はすでに逆風下にある。

2026年3月期は、スエズ運河の通航再開による運賃下落で業績悪化が避けられない見通しだった。

そこへ今回の中東危機が重なった。

タンカー運賃の急騰は一部プラスに働くが、リスクと不確実性の高まりは、長期的な事業計画を難しくさせる。

 

海は、今日も動いている

「起きないかもしれない」──それは本当かもしれない。

完全封鎖は、過去に一度も実行されたことがない。

しかし今この瞬間も、タンカーは海峡の手前でルートを慎重に選び、船主は保険料の請求書を眺め、荷主は「来月の原油は届くのか」を計算している。

戦争の火が燃えているのは、遠い中東の空だ。

しかしその熱は、じわりと、着実に、私たちのガソリンスタンドの看板に、スーパーの値札に映し出されていく。

海は今日も動いている。だが、どこへ向かうかは、まだ誰にもわからない。(石﨑)