「荷物を運ぶ」から始まった日本の運送業
江戸時代、物を運ぶ仕事といえば「飛脚」でした。
現代でいえばバイク便の走り、あるいはクロネコヤマトの前身のようなものです。
大坂と江戸を最速3日で結んだ記録もあるといいますが、それは自分の足で250キロ以上を走り抜くことを意味します。
月給換算でどれくらいになるのか、想像するだけで足がつりそうです。
明治になると、鉄道という黒船が国内物流を根底からひっくり返しました。
新橋から横浜まで、かつて飛脚が半日かけていた道のりを、蒸気機関車はわずか53分で走り抜けました。
「速い」「怖い」「煙くさい」と三拍子揃った評判だったようですが、物流の主役は静かに入れ替わっていきました。
20世紀に入ると、今度はトラックが登場します。
鉄道に乗れないドア・ツー・ドアの荷物をひとつ残らず拾いあげ、「どこへでも運ぶ」を武器に急成長しました。
やがてトラック業者が乱立し、荷主を奪い合い、運賃が底を割りました。当然のように「このままではまずい」という話になり、1951年、道路運送法が制定されます。
運送業に許可制が導入されたのはこの頃のことです。
つまり、規制が生まれた背景には必ず「やりすぎた誰か」がいるのです。
海も同じでした。港での積み下ろしを仕切る港湾運送業者たちが割拠し、親分・子分の世界が展開されていたところへ、1951年に港湾運送事業法が施行されます。
海事代理士という仕事が法律に明記されたのも、同じ時代のことでした。
令和の今、2024年問題・2026年問題と、時代は新たな規制の波を迎えています。
ドライバーの働き方改革、荷主への責任拡大、そして軽トラックの白ナンバー規制。
明治の鉄道、昭和のトラック、そして令和の物流クライシスと、この国は何度も同じ問いを繰り返してきました。
「誰が、何を、どこまで運べるのか」という問いを。
その答えを出す場所のひとつが、許認可の窓口です。(石﨑)

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